フクロウビジョン

Aki Machida

酸化バナジウムの遠赤外線カメラ向けシャッタ-レスの特長と エッジAIコンピューティングシステムへの応用 (専門誌投稿予定内容)


1 はじめに

フクロウビジョン社の基盤技術は、シャッターレス技術による不連続さのないシームレス動画像の実現と、IoT/エッジ AIコンピューティングへの展開が中核をなしている。そのミッションは「遠赤外線カメラを扱いやすくし、社会に広めてゆく」ことにある。 遠赤外線(LWIR:Long Wave InfraRed)カメラは、特殊な用途において一定のマーケットを形成している。しかし、現状のままでは、性能・価格面において、可視光カメラのような大きな市場への拡大はまだ望めない。LWIRカメラからの映像出力が可視光カメラと同等な画像フォーマットとなれば、今まで培われた技術を、そのまま容易に応用展開することは難しくない。ここではLWIRの難しさを少しでも克服し、可視光カメラで培われた開発環境を、LWIR領域にも提供することにある。 今回はボロメータ型センサ感光部を酸化バナジウムにすることで、より高い応答性を得ることが出来き、従来からの広いカメラ技術をそのまま活用することが可能となることを紹介する。将来的にはエッジAI画像処理といった可視光画像で培われた最新技術を使い、より広い市場へ展開を図る可能性が見えてきた。


2 LWIRカメラ応用の動向と新分野での可能性

2018年以降、映像情報インダストリアルによればLWIR分野のセンサ・カメラ・部品のインフラ環境は整ってきている(参考文献1)。その応用分野も最新のAI技術を使える状況になりつつある(参考文献 2)。画像AI分野に適応できるカメラを提供するためには幾つかのキーとなる技術があるが、第一番目は何と言っても感度である。

下の図の黒体放射エネルギーでも判るように、LWIRのエネルギーは可視光に比べ約10,000,000分の1となり、高感度の物質を選ばなければならない。一方、真っ暗闇の中でも照明が無くとも、被写体自身の持つ 熱エネルギーが赤外線となりその物体を検出できる。これは被写体からの反射光を利用する可視光カメラや近赤外を照射するSWIR(Short Wave InfraRed) カメラとは違う原理であり、新たな応用分野を広げる有効な現象である。この特性を利用すれば、照明装置なしに、車載カメラ、災害救助、犯罪救助、獣害対策、ドローン搭載等への応用が考えられる。

3 シャッターレス技術

3.1 その背景と必然性

今回のフクロウビジョン社カメラのLWIRセンサは非冷却構造ボロメータのまま、感光物質はアモルファスシリコンから酸化バナジウム(参考文献3)に変更されている。高感度になった一方で、LWIRセンサは環境温度変化の影響を受けやすく、出力バックウラウンド変動も大きくなり、出力画像に影響を与える。これが第二番目の課題である。

従来、カメラ自体を冷やして画像変動をなくした、いわゆる冷却型LWIRカメラも存在する。しかし大型・高価格であり応用分野が限られてしまうという問題があった。

またLWIRカメラ付随の非透過物質シャッタを閉じ、一旦入射エネルギーを遮って、その間に暗時キャリブレーションを取るものもある。しかし、その間に画像出力が途切れるため、画像処理が中断され、連続画像を得ることができない。これでは連続記録が極めて重要な監視カメラ等には利用できない、大きなデメリットである。

フクロウビジョンの使命は、LWIR分野において、冷却装置やシャッタを使用せず、連続的な映像信号を出力することで、その後に続く最新の画像処理、AIエッジ・コンピューティング等が容易に利用できる総合カメラシステムを供給することである。

 

3.2 環境温度の変動とキャリブレーション

高感度LWIRカメラでは、センサ出力のバックグラウンドノイズが温度によって変化する。酸化バナジウムを使うことで、センサ自体の感度は高く出来るものの、バックグラウンドノイズレベル変動は大きくなってしまう。この為、シャッターキャリブレーションを頻繁に行い、シャッターを切ってNUC (None Uniformity Calibration) を繰返す必要があり、画像の連続性が失われてしまう。結果として、この間の動画像が途切れ、連続映像が不可欠な応用分野に於いては受け入れ難い。従って、シャッタ-レスにすることで、システム起動時の即時性と連続動画のシームレス性、ならびにNUC を掛けなくとも良いソリューションが待ち望まれていた。次章では具体的な実験データを以てその違いが大きい事を示す。

 

3.3 環境温度変化の解析

下図はまず環境温度24℃でダークキャリブレーションを取った際の縦筋ノイズ(画素値からの全画面平均値を減算し、これを縦方向にプロジェクションした値)と実画像である。画像自体からはバックグランドノイズ (縦筋) 固定パターンを見て取ることは難しい。



次にセンサ温度が0.1℃下がった際の画像変化を示したものを示す。縦筋バックグラウンドノイズが僅かなセンサー温度変化によって、出力プロジェクション値のP-Pが約2倍になっている。実画像もよく見ると縦筋の存在が確認でき、温度変化が大きくなれば無視出来なくなりつつある。このことから、極く僅かな周囲温度の変化でも、頻繁にメカニカルなシャッタを閉じてNUC動作を取る必要性が発生することになる。 



4 酸化バナジウム

4.1 ボロメータ材質の違いとシャッターレス補正技術

次の図は抵抗ボロメータ材質が従来のアモルファスシリコンの場合と、今回採用した酸化バナジウムの場合の比較を示す。抵抗ボロメータ物質を従来のアモルファスシリコンから酸化バナジウムに改善することにより雑音透過温度 (NETD: Noise Equivalent Temperature Difference) が向上しているが、一方で動作がリニアではない。



センサ温度はイメージセンサ走査回路部のシリコン層に設置された温度センサの表示である。酸化バナジウムは感度が高い利点がある一方で、バックグラウンドの出力値がセンサ温度に対し2次曲線となり、温度依存性リニアリティが損なわれる。そこでフクロウビジョンはどちらの場合でも精密な補正を可能にした特長を持つキャリブレーション・アルゴリズムを開発した。

下の図はシャッターレスキャリブレーション補正後の垂直プロジェクションで縦筋固定ノイズを評価したものである。先に紹介したNUC後の0.1℃温度変化した場合と比較して、実画像上では視覚的にほとんど識別できないレベルを実現している。このホームページ上でムラが見えるのはJPEGノイズであり、是非弊社での原画像を観ていただきたい。


下の写真は埼玉県ロボテックスネットワークで2025年2月に紹介された実画像である。


5 連続映像を実現したLWIRカメラ

ここまで述べてきたように、微小な温度差の検出という新たな応用例として、被写体から放出される微小温度差を検出することで、被写体内での遺物を検出するという、全く新たな応用分野を切り開く可能性が見えてきた。例えば、巡回ロボットに搭載して工場内機器のわずかな温度変化を検出し危険を感知する、あるいは対象物体内のわずかな温度差を検出することで、その物体の内部に潜む欠陥を検出するといった応用例も考えられる。

これまでのLWIRカメラ出力値はセンサ温度 (環境温度) により、大きな変動を見せることが分かった。そのため、フクロウビジョンでは被写体から放出される赤外線量をセンサ出力値として読取ることと同時にセンサ内温度も読取り、一旦センサ出力値対センサ温度平面にプロットした後、このプロット点上で表示グレイスケール値に近似し直すという、3次元キャリブレーションをリアルタイムに行うことで、NUC動作をせずに、キャリブレートされたシームレス動画像を実現している。これにより、次の目標である最新動画像処理のAIエッジコンピューテーションへと繋げることが可能となった。

 

6 フクロウビジョン:LWIRカメラメーカーから最新画像技術への躍進

ここまで、フクロウビジョンによるシャッターレスの取り組みと優位性について述べてきた。このシームレス動画像を達成したことにより、可視光カメラで培われてきた新分野への参入が可能となってきた。Business Research Insights社の予測によると、今後AIカメラマーケットの年間成長率は23.9%で、2032年にはUS$52.29Bと想定される。これは可視光カメラと遠赤外線カメラを合算されたものと考えられるが、フクロウビジョン・シャッターレス技術(Fukurovision Shutter-LessImaging)を使えばLWIRの占める割合はより大きくなることが見込まれる。



特に北米ではSAE J2614-2 AEB (automatic emergency brake) でLWIRが定義されており、NHTSA (National Highway Traffic Safety Administration) では2029年9月1日発売車両にLWIR搭載が義務化されるよう、業界に通達を出しており、これが市場拡大を加速させると考えられる。


また。監視分野を例にとると、分析・判断といったニーズに対応するには、シームレス映像に加え、映像内の対象物分析や過去データの学習・照合といった AI 技術の活用が必要となる。従来、監視カメラによる撮影と人間によるモニタリング・判断で運用されていたが、新たなマーケットのニーズはAIを導入することにより、監視カメラによる撮影をAIによる分析、判断・判断支援へと可能性が広がる。


今までフクロウビジョン・シャッターレス動作(FSLI) はPC上で動作していた為、組込み型システムには不向きであった。そこで現在は、Linuxへのポーティング、AIをエッジ側で行うシステムを開発している。本記事寄稿時点ではQVGAのカメラとRaspberry Pi5の組み合わせでシャッターレス、IoT、AIが動作している。さらに、VGAのカメラに対応できるように、コードの書き換えと最適化を行っている。これが完成するとVGAサイズでも遠赤外線カメラとエッジAIコンピューティングシステムが実現できるようになる。


現在の開発状況を次に示す。



現段階ではSDK(ソフトウエア開発キット)と合わせて暗視カメラ用アプリ開発を可能にすべくソフトウエア開発環境の構築も進行中である。また、VGA+Raspberry Pi4+WAN+GPSでドローン用のPOCを開発中である。

次にフクロウビジョンが提供するLWIR組込み型 IoT カメラプラットフォームを示す。単にシャッターレスLWIRカメラを提供するだけではなく、システムレベルのサポートも開発期間の大幅短縮、開発リソース・費用の大幅削減が可能となる。将来的には SNS 活用で、より容易にアプリ開発が可能とする開発インフラ構造を構築していく予定である。

 



最後に実際に撮像した画像とAIエッジコンピューティングによる検知結果を示す。

踏切横断中の人のシャッターレス動画映像と人間の検知とポーズ解析である。



7 むすび

フクロウビジョンは独自のシャッターレスアルゴリズム専用キャリブレーションアプリ(Fukurovision Shutter-Less Imaging)を開発し、LWIRセンサの温度毎の補正データを構築し、独自の補間技術により、温度の補正範囲内であれば優れた連続的バックブランド補正が出来ることをQVGAサイズで実現した。このシームレス映像を、可視光画像向けに開発されたエッジコンピューティング画像処理にも応用し、QVAサイズながら優れたAIエッジ信号処理を実現することができた。今後はより途切れることのないシームレスLWIR画像が出力できるIT・VGAカメラを開発し、将来的にSVGAサイズのセンサのキャリブレーションにも対応してゆく予定である。

 

参考文献

1)    赤外線イメージ&センシング:映像情報MOOK社、2018年7月22日

     木股雅章監修 ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4860283018

2)    遠赤外線カメラとディープラーニングを応用した新たなマーケティング戦略:1) pp64-69

3)    非冷却赤外線イメージセンサ:木俣雅章、応用物理、第87巻、第9号、pp648-654