Global Innovator Solutions
光学マウス大成功物語

Aki Machida

ボールマウスを覚えていますか?CESの前身であるコムデックス1999(シカゴ会場)でビル・ゲイツ氏がアジレント製の光学センサーを採用した光学マウスを発表し、ほんの数年で世界中のすべてのマウスが光学式に変更になりました。

Optical Mouse

ボールマウスを覚えていますか?あの、いまいましいホコリで滑りにくくなるボールをきれいにする行為は、光学マウスの登場でボールマウスごと駆逐しました。最近この話をしても、30歳以下の方はボールマウスをご存知ないのですが(汗)、どうやって既存技術をディスラプトして、モノポライズして、さらにディスラプトされない仕組みを作ったかという話です。上の写真は世界初のUSB光学マウスのデモ品です。


大多数のマウスの製造元であるアジア地区において、販売、納入、価格、製造品質の改善、競合対策、コピー品排除など、顧客満足を追求する戦略を徹底的に実施し、アフターマーケットとOEMマーケットの両方で独占的な地位を築き上げ、さらに、ワイヤレスマウスの開発においても、多数の特許アイデアを出願し、パートナーICメーカーと協力して、要求仕様を満たすセンサーを開発しました。このブログはその黎明期から、世界制覇を達成するまでの軌跡です。(ここまで無料版と同じ内容です)


有料版内容


CapShare

光学マウスの前身ともなる製品は、HP社が発表した自動でスティッチングをしてくれる画期的なハンドスキャナーの心臓部として世の中に登場しました。紙の繊維の模様を抽出して、移動しながらその特徴点がどちらに動いたのかを検出して、ラインセンサーで読み取った原稿をつなぎ合わせてゆくという画期的な商品でした。フラットベッド型のスキャナーはA4(レター)サイズが標準だったので、新聞紙サイズまで読み取れるCapShareはそこが売りだったのです。


しかし、価格が$600もしたので殆ど売れませんでした。

POC

電子部品グループではこのセンサーを使って新たなマーケット開拓をはじめました。それが、下の写真左の空中マウスのPOC(試作品)です。1997年のことです。当初は、テレビのリモコンや、コンピュータの外部モニターで使えるポインティングデバイスとして的を絞り、日本中のテレビメーカを回りました。


結果はボロボロです。


ブラウン管テレビ(死語ですね)の走査線がカメラのフレームレートに影響して、ポインターが走り回ったり、ドリフトします。その頃普及し始めたLCDモニターもバックライトは50/60Hzの冷陰極管でしたから、結果は似たようなものでした。赤外線フィルターを使ってビーコンを追うようにしたらどうかとも提案し、事業部にデモをしましたが、否定されてしまいました(実はこのアイデアはゲームメーカがパテントを出して、後に世界的な大ヒットとなりました)。


そこで今度はオプトエレクトロニクス事業部お得意の高輝度LEDを組み合わせることで卓上マウスが出来るのではと、試作しました。これが、1998年登場の世界初の光学マウスです。写真右側のチーズの箱ほどもあるPS2マウスです。


今度はこれを持って日本のマウスメーカを回りました。結果はまたもボロボロ。


何しろ巨大で、中身のFPGAを動かすのにどでかい電源が必要でしたから、誰もこれが手のひらに入るマウスになるとは信じてくれません。ただ、高分解能ということだけは理解してもらえました。


また、その頃、特殊な光学パターンを印刷した金属板の上で使える光学マウスというものは既に市場に存在してました。残念ながら反射が必要なこのピカピカした金属板は冷たいので使用感は良くないし、専用のマウスパッドが要るという点も市場では受け入れられなかったようです。


当時のパソコンのモニターはVGA規格と言って640x480ピクセルです。ボールマウスは1インチ動かすと100パルス出てくるようになっています(あの鉄心入りのゴムの球は円周が丁度1インチです)。ですからポインターを左右の端から端まで動かすのに約6インチ(15cm)動かせば良かったのです。しかし、MS社の表示機のロードマップは幅2000ピクセル近くまでありました。つまり、同じ動作で高分解能モニターで作業するには、マウスの分解能を3倍にする必要があったのです。そうでないとポインターを端から端まで動かすのに手首スナップを3回も繰り返さないといけない世界が来るところだったのです。この一歩先を先取りした製品開発目標がプロジェクトを支えました。


そして遂に1999年光学マウス専用に開発されたCMOSセンサー、HDNS-2000 が完成しました。


これを組み込んだ小型マウスのデモ機も作りました。サンノゼに出張した時に人手が足りないので手伝えということで、皆で夜中までデモ品作りをしました。もちろん自分の分も用意して。


今度は日本だけでなく、台湾と深センも回りました。ちゃんと動くし(当たり前!)小型で軽くてホコリに強いのです。


ところが、またも結果はボロボロ。自信満々の私は完全に打ちのめされました。


「いいですか、マチダさん。このボールマウスはケーブルもついて$2ですよ。あなたのセンサーは$3、LEDもレンズも要る。残念ながら検討も出来ません。」30社全てで同じことを言われました。悪いことに1998年から2年連続でマーケティング製品担当として受注実績ゼロです。遂に運が尽きたか。この時ばかりは失意のドン底でした。


折しもHPも計測器と半導体をAGILENTとして分割する話が公になり、残留したいという者もいましたが、いきなりIPOするというので、持ち株の分割対策もありましたが、結婚してマンションも買って長男も生まれてましたから、無理をせず流れに任せました。


そして事件が起きます。


US側で進めていたMS社向けの商談が進展していたのです。CESの前身であるコムデックス1999(この時はシカゴで4月に開催)でビル・ゲイツ氏がキーノートスピーチでHDNS-2000光学センサーを採用した光学マウスを発表したのです。


次の日から私の電話は鳴りっぱなしです。日本国内はもちろん、台湾からもじゃんじゃん連絡が来て、売ってくれ売ってくれコールです。


「要らないって言いませんでしたっけ?」などと、とぼけながら、涙がでるほど痛快でした。


もう一件USで進めていた商談が日本のマウスメーカに降りてくることがわかると、取りこぼししないように、入念に準備を進め、巨大な注文が入ってきました。受注報告書の対予算指標は1000%を超えたので、今までに見たこともない ***.**% というエラー表示でした。


もう優勝気分です。


そして5月の連休中、USでのJOBオポチュニティーに手を挙げていたので、マーケティング部長から国際電話が入りました。MBAディグリーを探していたようで、なかなか私の挙手には応えてくれませんでした。そして。


「いつから来れるか?」もちろん即答に決まってました。


電話を切ってから、マンション買って嫁に来てくれて出産・育児休暇を終えて復職したばかりの妻に話したので、かなり驚かせてしまいました。結局、彼女には仕事を辞めてもらって、私のわがままを通して、USに行くことになったのです。3歳の息子のためにディズニーの何十万円もする英語教材を買って、お歌で英語に親しんでもらいました(先日会ったら、まだその歌を覚えていました。笑)。


着任後の生活編に関しては別ブログになっていますが、マウスの話は続きます。

https://global-innovator-solutions-u9k9b.zensmb.com/sv-life


当時は世界最大のマウスメーカの開発本拠地はスイスでした。ですから着任後、ダンボールを開ける暇もなくヨーロッパ出張に行ってしまい、妻を泣かせてしまいました。


不良発生

着任後、年が明けると、MS社向けの生産工場で大量の不具合が出ていると、アジアの営業統括から大クレームが入りました。私は日本のパスポートなので、中国には直ぐに行けます。そして直ぐに深セン直行です。


不良モードはセンサーのIC表面にゴミがついているということでしたので、クリーンルームの工場でデブリが入る可能性は低いですし、ゴミは顕微鏡で見るとホコリや唾ということだったので、パッケージのバリでもないので、生産工程を疑って、生産ラインに入れさせてもらえました。


QAマネージャは感情的でしたが、日本での営業・マーケティング時代に散々品質問題で健康まで害する経験もありましたから、とにかく話を聞いて、ラインに半日座らせてくれとお願いしました。3現主義の実行です。


基板への部品装着、ハンダ槽と特に問題はなく、センサーの保護シートも剥がれていないので、最後の方の工程である、レンズの組付けを見に行きました。ハンダ付けしたセンサー基板から、ピンセットでセンサーの保護シートを剥がし、レンズがセットされたマウスの筐体の下部に乗せて、上から筐体上部をかぶせ、ネジ止めすれば完成です。テスト機械にセットして出力される信号量を検査して終了です。


この保護シートを外す工程に椅子を持ってきて観察しました。工員さん達が気にしてましたが、15分もすると空気のように溶け込めます。この状態でじっと観察を続けました。


10時に休憩のベルがなりました。その瞬間、原因を見つけたのです。


なんと保護シートを剥がして基板を上向きにした状態で、休憩のベルと同時にパタッと手を離して休憩に行っちゃうじゃないですか。戻ってからも鼻出しマスクを付けながら、おしゃべりしながらラインに着いたのです。


このことをQAマネージャに報告し、保護シートを剥がす時は基板を上向きにせず、片手で立てた状態で保護シートを剥がし、直ぐにレンズの上にかぶせるように指示しました。ベルが鳴っても保護シートあるなしに関わらず、基板は下向きにしておくことを要請しました。


結果、たった一日で1万PPMの不良が、あっという間に数十PPMに下がりました。

営業さんも大満足でシンガポールの本部に返って行きました。

帰ってから、このことをデータシートとアプリケーションノートにも追記し、歯止めとしました。



パイレーツ品登場

MS製品の発表から一年も経たないうちに、競合品が出現します。センサーの部分は後に競合品が出てきてしまいますが、先ずはLEDとレンズです。


LEDは自動車のストップライトに使うグレードで明るくないとセンサーを高速フレームで画像取得・比較が出来ません。デザイン上青いLEDの方が格好良いし、赤は危険な色だからという理由です。


CMOSイメージセンサーは青の感度がよくありません。透明レンズのLEDと言っても放射パターンが違うと十分な光をライトガイドのレンズに取り込むことが出来ないので、性能を低下させてしまい、光学マウス技術そのものに味噌をつけることになります。


ADNS-2000(HPからアジレントに会社が変わったので、すべての製品はHから始まる製品番号をAに変更しました)には色々な診断機能が隠されていて、コントラストの値を読み出すことが出来ます。この貧弱なデータを見せて、青LEDの欲求を抑え込みました。こういうときは色々反発がありますね。お客様は神様論をかざしてくるのですが、開発費は払うつもりはないし、出来ないものは出来ないので、日本式の回答で対応しました。「検討いたします」です。


次はレンズです。日本の光学機器メーカが下請けとなって透明度の高いレンズをコピーしてきました。オリジナルのレンズは整形不良じゃないかと思われる部分があるのですが、何を隠そう、ZMATという光線解析ソフトを何日もかけて導光管式のレンズを設計しています。F1レースのモンテカルロのコースのタイヤマークと似ているのでモンテカルロ解析と呼ばれています。ですから設計思想を知らない猿真似レンズではLEDの光が焦点を結ばず、センサーの焦点位置の反射輝度が全然足りないので、先の青色LEDより悪い結果でした。


台湾という社会は面白くて、競合の情報がシェアされます。NDAなどそっちのけで、私が昨日どこでどんな話をしたか、価格まで筒抜けです。で、このコピーレンズは談合されて、他でも使われ始めようとしてましたが、黒いマウスパッドでは動きません。$1のレンズを使うのが嫌で$0.50にしたところで、$3のセンサーが動かなくなるのでは本末転倒です。


そこで、LEDも含めてキット販売にしました。量産効果も出てきましたので、キットなら$0.50安い価格設定もしました。LEDもレンズもマレーシアのペナン島で作ってますし、センサーはシンガポールでしたから、纏めてキットにするのは比較的簡単です。営業は受注処理が簡単になるので、見えないコストダウンも出来ました。不良だの欠品だのは殆どサンプル処理をしました。大会社になると受注処理1件だけで実質1万円以上かかりますし、大抵の場合のクレームは保護フイルムの剥がし方に問題がありますから、指導・お願い・対策が即座に対応できるようになっていたのです。


それでもマウスメーカ30社以上ですから対応・対策と調整で忙しさは極度に達しました。とにかく、言い出してここに来たのですから、弱音を吐くわけには行きません。大学卒業以来、一生懸命やることが私の第一ポリシーでしたから、徹底的に可能性を考え、実行し、幸いにも大成功を収めたわけです。


WindowsPCのOEM獲得。


ワイヤレスマウス開発。


レーザマウス開発。


フィンガーマウスと指紋センサー。


カメラモジュールグループに移動。



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